世界遺産

2008年8月30日 (土)

南米三大絶景の旅~8日目

613日(金)ツアー最終日

今日は『ナスカの地上絵』の観光です。地上絵はセスナに乗って上から見るのですが、管制塔がいつフライトを指示してくるか分からないので、早めに行かなくてはなりません。またお天気によっては飛ばない事もあるそうです。お天気といってもナスカは殆ど雨が降りません。影響するのは風でしょうか?今日のお天気は今のところ良いようです。

 日も昇らない時間ですが、まず朝食。ただしこの後セスナに乗ることを考えて量は控えめが良いようです。朝食で面白い果物が出ていました。ガイドのダニエルさんに聞いたら『グラナディーヤ』というパッションフルーツの一種だそうです。

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ここまで来て、私はあまり食べ物で冒険をしていない事に思いあたりました。もともと果物を食べない人なので、チャレンジとか以前の事なのですが、やはり日本では口に出来ない物は食べておくべきでしょう!と言う事で、今更ですが『グラナディーヤ』にチャレンジです。見た目は色の違う「柘榴」のようで、小さな緑色の粒一つ一つに種があります。食感は「柘榴」よりも柔らかいかな?甘酸っぱくてけっこうイケます。が、やはり種が多いので沢山食べた気にはならないですね。

 昼食で又ホテルに戻ってくるので、カメラと貴重品だけ持って出発です。地上絵観光は2グループに分かれます。7:00ホテルを出発、まず最初のグループが飛行場で待機、残りは空港の近くにあるホテルで待機です。私は後のグループでした。

バスを降りると小さなお土産やさんがあったので、他の皆さんと早速入りました。しかしここはかなり小さいお店で、品物は色々ありましたが、質は今イチ。しかも3人いる定員さんのうち1人が全く言葉が通じず、言っている値段もマチマチでよく分かりません。一応買い物はしましたが、早々に出てしまいました。

お土産やさんの隣のホテルが待機場所です。なかなか小奇麗なところで、お茶が自由に飲める場所や、地上絵のDVDがロビーで見られるようになっていました。

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そこにも小さな売店がありましたが、品物は此処のほうが断然質が良いです。値段も思ったほど高くはありませんでした。隣で購入したことをちょっと後悔…、やはりあせってはいけませんね。

 早ければ時過ぎと言っていたフライトですが、思ったよりも待ちが長かったようです。先発グループが今飛んだ、という連絡が途中で入りました。私たち後発グループがセスナの空港に向かったのは830を回っていたでしょうか。

 空港では、先発グループの最後の人たちがまだ残っていました。空港内には他の観光者もたくさんいます。

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皆それぞれセスナが飛ぶのを待っているのです。私の番はまだ来そうにありません。とりあえず空港の周りを散策することしました。といってもいつ呼ばれるか分からないので、あまり遠くには行けません。

 空港の外は、地上絵のイメージ通り岩山と砂漠です。地上絵が発見されなければ、きっとこのあたりは何もなかったのでしょう。

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どの方角に地上絵があるのか、どのくらい離れているのか検討もつきません。うーんドキドキしてきた…。

しばらくすると、先に飛んだ人たちが少しずつ戻ってきました。後発グループの人たちが挙って話しを聞きに行きます。人によっては良く見えたとか、見えないとか、意見は様々です。

 並んで待っているわけでもなく、私たちのツアー客だけでもないので、どのタイミング呼ばれるのか全くわかりません。とにかくひたすら待ちます。そしてやっと私たちの番です。

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 セスナは人乗りと人乗りがあり、私たちは人乗りでした。組が夫婦・組が友人同士だったということはあまり関係ないのですが、その人が後ろの座席、私は前、つまりパイロットの横です。

 なぜあまり関係ないかといいますと、誘導する人にそれを伝えている訳ではないからです。別のグループの方は2組の夫婦で、違う組み合わせで乗せられたといっていました。でも雰囲気とか年齢とか、顔見て決めているなという感はあります。以前セスナが墜落して、フランス人観光客が亡くなったそうで、その原因はパニックに陥ったお客がパイロットにしがみついて運転が出来なくなった事だとか?(本当かどうか分かりませんが)顔見て私が1番安全そうだと思ったのかしら?実は私のグループには「パニックになるならこの人でしょう!」と友人が言っていた人がいたのです…

 まず滑走路に出る前に、簡単な手荷物検査を受けます。その後誘導の人に着いてセスナまで行き、一人ずつ順番にセスナに乗せて貰います。

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私は1番最後でした。セスナは結構乗りづらく、やっと乗ったと思ったらそこはパイロットの席で、「Are you Pilot ? 」と笑われてしまいました…coldsweats01。つまり奥の席に行けということね…。でも思った以上に機内は狭く、下手に動くと計器に触ってしまいそうで、座るのに結構苦労しました。

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安全ベルトを締めてもらい、カメラと1ドルチップを準備してパイロットさんを待ちます。

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しばらくするとパイロットさんが乗り込んで来ました。とても陽気なパイロットさんです。地図を持っているかと聞かれ、その地図を見ながらどういう順番で行くか説明してくれました。そしていよいよ910 Take off

 セスナは思ったよりも遠くへ飛んで行きました。こんなに離れていたのですね…。フライト時間は約15分、先ほど説明されたマップを確認しながら窓の外を眺めます。

 離陸してすぐ後悔したのが、帽子をかぶってこなかったことです。一番前はものすごく日光を浴びます!日に焼けてしまうぅ~sad

 さいしょに見えたのは『くじら』です。これははっきり見えました。

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セスナはまず右そして左と傾いてくれます。気前のいいパイロットさんは、地上絵が見えないと何回も旋回してくれるので、良いところで止めないと酔ってしまいます。私たちのパイロットさんもサービス精神旺盛の人だったので、私たち5人で「OKOK!」と必死で叫ばないと、何回も旋回してくれます。通常「右・左」のところ「右・左・右」といった具合にです。

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これは「宇宙人」山の側面です。

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右上に「サル」尻尾が渦巻いているのが見えます

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真ん中あたりに「蜘蛛」かなり小さいです。メインの絵以外にも線が沢山見られます。

 場所によってなのか、左しか傾けない絵が一つだけあります。私は、添乗員さんの「右も左も欲張ると絶対に酔う」というアドバイスを守って、右だけを見ていたのですが、パイロットさんが一生懸命私の肩をたたいて左を指すので、見ない訳には行きません…。実は香水が苦手な私は、パイロットさんのコロンに酔ってしまったようで、離陸してけっこう直ぐの時点で「やばいかも」という状態だったのです。とはいえ、せっかく来たのです、見るだけ見て、撮るだけ撮らなくては!!

 一番前の席はセスナの羽が邪魔で、あまり上手には撮れませんでした。写真を撮るのなら後ろの席が良いようです。

 無事セスナは空港に着陸です。おまけの話しで、私と同じセスナに乗っていた一人のご夫人が「私パニックになりそうだったわ~」と一言。それって私と友人の予想が大当たりって事ですか?「パニックになるならこの人でしょう!」というご婦人ですから。彼女が一番前でなくて本当に良かった…。(実は一番前でない事にがっかりしていた彼女です)

 地上絵観光は待ち時間の割にはあっという間に終了です。一度バスでホテルに戻り、少し早いですが1045ホテルでランチです。ランチまで少し時間があったのでベッドに横になりました。それだけで大夫気分も良くなり、ランチも美味しく食べられました。この時、念願の「ルクマのアイス」を食べることが出来ました。

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最初の頃添乗員さんに「ルクマのアイス」がおいしいよ、と聞いていたので、ずっと楽しみにしていました。味は、果物というより栗みたいな感じかな?

 ランチの後はチェックアウト、『ミラドール』へ向かいました。ナスカの町からハイウェイに沿って20㎞程北上したところに『ミラドール』(観測塔)があります。ここから見ることが出来る地上絵は『木』『手』『とかげ』です。ミラドールへ行く為にはナスカに宿泊する必要があります。ICAからセスナで地上絵を見るツアーもありますがこれだとセスナでそのままICAの町に戻ってしまうからです。

 『ミラドール』はパン・アメリカン・ハイウェイの直ぐ横にあります。

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ちなみにこのハイウェイは、北はアラスカから南米大陸南端フエゴ島まで走っています。残念な事に、このハイウェイが地上絵の一部を分断しているのです。

 ミラドールに到着。空がとても青くきれいでした。思ったほど暑くありません。(なので脱ぐに脱げず…)観測塔の定員が10名ということなので、交代で上ります。

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 上へ上がると『木』と『手』が見えました。『木』は大きいので全貌はよく分かりませんでしたが、『手』はよく分かります。

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それにしても高い所は気持ちが良いです。他の人も待っているので、あまり長居は出来ません。写真を撮って下へ降りました。

 この後は再度7時間掛けて、来た道をひたすらリマまで戻ります。

 ナスカは雨が殆ど降らないため、ナスカの家には屋根がありません。

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しかし数年前、異常気象の為かナスカに大雨が降り、家の中は水浸しになってしまい、大変だったとか。 

 最終日とあって皆さんお疲れだったのか、帰りはひたすら爆睡でした。1650行きと同じお土産やさんに立ち寄った時だけ元気でした。ここで買いそびれると後は空港になってしまいます。空港だとちょっと高級品になってしまうし、荷物も預けてしまうので、ここがペルーとしてはラストチャンスなのです。

 バスは延々と来た道を戻ります。ペルーの景色も見納め…とは思うのですが、睡魔には勝てません。それに右側の席に座っていたので、途中まで日差しが直接当たり、暑い上に眩しいので、ずっとカーテンを閉めていました。

 バスがリマ市内に入ると、道が混み始めました。時間的に渋滞のようです。レストランの予約時間に間に合うかギリギリのです。外はもう真っ暗。

 1830レストランへ到着。ツアー最後の晩餐は「金太郎」というレストランでの日本食です。ここで出た日本食はいわゆる似非ではなくちゃんとした日本食でした。

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ホカホカご飯とお味噌汁、とっても美味しかったです。リマでは日本食レストランは高級レストランなのですって。

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 日本食を皆さんと堪能しているとき、テレビのニュースが東北で大きな地震があった事を報じました。初日イグアスに着いた時は、「秋葉原の無差別殺人事件」が報じられ、最終日は地震…留守の間、日本は大変な事になっているようです。

 食事の後は昨日行けなかった『アルマス広場』へ行きました。1535年1月18日スペインの征服者フランシスコ・ピサロは、リマの中心に『アルマス広場』(現マヨール広場)とカテドラル教会を建設しました。『アルマス広場』は現在でも旧市街(セントロ地区)の中心地です。カテドラル教会にはフランシスコ・ピサロの遺体が安置されています。

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 この広場の周りは、大統領府・カテドラル教会・リマ市庁舎といった古い建物で囲まれています。残念ながら昼の『アルマス広場』を見ることは出来ませんでしたが、夜の景色もとてもきれいでした。

 この日は金曜日だったので、カテドラル教会では結婚式を行っていました。式の後、教会の前でのセレモニーを終えて、新郎新婦が広場の中へとやってきました。

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ライトアップされた大統領府、ここにあのフジモリ大統領がいたのですね…。

これで全ての観光が終了です…。私たちはバスへ戻り、一路リマ空港へ向かいました。

 リマ空港はけっこう混んでおり、チェックインにかなり時間がかかりました。最初にダニエルさんが言っていたように、こちらの空港は、夜のほうが本当に混むのですね。そしてここでダニエルさんともお別れです。どのガイドさんとも本当に別れ難かった…。明日は又ナスカへ行くのだとか、大変だ~、頑張って下さい。

 これから又手荷物検査と出国審査です。空港税を払うと、飛行機のチケットにシールを貼られます。手荷物検査の前に、係りの人がそれをチェックするのですが、この時係りのお兄さんに「Can you speak English ?」と声をかけられ、質問をされました。内容は、「Good night」は日本語で何と言うのか?ということ。これ普通に考えると「おやすみなさい」なのでしょうが、深夜も普通に稼動している空港で、日本人のお客に声をかけるのだとしたらこの場合「こんばんは」かな、と判断し、そう答えました。これから手荷物検査を受ける人に「おやすみなさい」は、やはりおかしいですよね。

 時間がかかりましたが無事飛行機に搭乗、一路ニューヨークへ向かいます。全てのツアーが終了、ここから2日かけて帰国です。

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2008年8月26日 (火)

南米三大絶景の旅~7日目

612日(木)

AM 440 この日の朝は、頭痛で目が覚めました。頭がガンガンします。しかも気持ち悪い…。もしかして高山病の悪化??クスコ3日目で?昨日は平気だったのに~。などと思いながらとりあえず頑張って起きてみることにしたのですが、だめだ、本当に気持ち悪い…。頭が痛いだけなら我慢も出来たのですが、ちょっと油断すると、吐きそう…。という事で、朝食には友人ひとりで行ってもらいました。

添乗員さんが前に、「吐いたほうが楽になる」と言っていたので、なんとか頑張って?吐きましたが、きれいに消化しているので胃液しか出ません。あと数時間でリマに戻るので、もう少しの辛抱だ!お茶だけでもと思いホテルのロビーに下りたのですが、やっぱり駄目でした。

AM 600 ロビーに集合してバスへ乗り込み、空港へと向かいます。今まで元気だった私を皆さん知ってらっしゃるので、結構心配されてしまいました。(バスも前の席を勧められたし)

空港に到着。添乗員さんが手続きをしている間、少し時間があったので、空港の売店を見たりしていました。2人入るといっぱいなくらい小さなアルパカのお店があり、かわいい帽子や手袋が売っています。セーターは無理でも帽子くらいなら買えるかしら?などと思っていたら、集合が掛かってしまいました。残念。

ここでガイドのカルロスさんとはお別れです。毎度の事ながら、この瞬間は非常に寂しい。今回友人も含め、具合の悪くなった人も数人いたので心配もかけたし、本当にお世話になりました。

さて飛行機の到着が少し遅れているようで、時間が出来ました。せっかくだからアルパカの何か、買って行きたいな~と思い、アルパカショップに入ります。具合はまだ良くありませんが、根性です!だってそうそう買える物ではないし。

さすがにセーターは高くて買えませんが、マフラーくらいなら買えそうです。ベイビーアルパカのマフラーが本当は欲しかったのですが、色を見て、ツアーご一緒している方にも相談したりして、クリーム色のマフラーをゲットしました。

買い物も終わり後は飛行機に乗るだけなのですが、結局1時間近く遅れているようで、イスに座って待つしかありません。やはり本調子ではない私は、ひたすら耐えながら寝て待つことにしました。周りを見回すとけっこう皆さん普通なんですよね。日本人旅行客の姿もいましたが、みんな平気なんだぁ…ななんて思ったりして。でも添乗員さんが「高山病は人によっては日が経つにつれ悪化する人もいる」と言っていたので、私はそれなのでしょうかね。うーん悔しい…。

ようやく搭乗の時間です。飛行機に乗って「リマ」へ戻ります。けっきょく745発の予定が850発となりました。

今回「クスコ」に関しては半分も楽しめてないと思うと、本当に悔いが残ります。心肺機能鍛えて、絶対又来るぞ「クスコ」!!

飛行機が離陸して暫くすると、気分は大分良くなっていました。機内は気圧も空気も安定しているからでしょうか?リマまでは1時間20分程なのであっという間に到着です。

AM1010リマ着。リマ空港では、最初にリマに宿泊した時と同じガイドのダニエルさんが待っていました。気圧も戻り、酸素も薄くない!もうゆっくり歩かなくてもOKです。頭痛も良くなっているし、気持ち悪いのも治っている!やはり高山病はあなどれない…。

今日はこれからバスで「ナスカ」まで行きます。実はここからが又、結構ハードだったのです。

「ナスカ」までバスで7時間の道のりです。飛行機ではなくバスでこんなに長く移動するのは今回初めて。しかも明日は又7時間かけてリマに戻ってくるというのですから、けっこう疲れそうかも。7時間も走るということで、今回はバスの運転手さんが2人いました。法律で決まっているのだそうです。

コンドルトラベルさんのバスに乗って、ナスカへ出発です。クスコのホテルもそうでしたが、バスの中は独特の香りがします。こちら特有の芳香剤かなにかでしょうか?香水だけでなく、香り全般苦手な私は7時間も耐えられるのか心配でしたが、不思議と少しすると慣れてしまい、まったく気にならなくなっていました。

まず「リマの観光」・「パチャカマ遺跡」と見てバスは「ナスカ」へ向かいます。最初に行ったのは『天野博物館』です。ここへはリマの新市街(ミラフローレス)を通って行きます。前回シェラトンホテルから空港へ行く時に通った旧市街とは全く雰囲気が異なります。とてもきれいな町並みで、家も皆立派なものばかりです。それもそのはず、高級住宅街だったのです。旧日本大使館の前も通りました。ここは今は使われていないそうです。フジモリ大統領の時代、1996年「日本大使公邸人質事件」があったあの場所です。

1110バスは『天野博物館』へ到着しました。ここは予約制で、料金は無料、時間は約1時間。スタッフは全てボランティアです。館内は撮影禁止の為、写真は撮ることができません。

館内を案内してくれたのは日本人の方で、とてもかわいらしい女性スタッフさんでした。着ているセーターもアンデスっぽくてかわいい!

『天野博物館』は実業家・甘野芳太郎(1898~1982)が、ペルーの首都リマに私財を投じて1964年に設立した、本格的なアンデス文化に関する考古学博物館です。中は2つの部屋からなっています。1つは掘り出された土器などが展示されている部屋、もう1つは織物の部屋です。土器の部屋は入れてあるケースが独特です。地震対策として4面ともガラス板が固定されておらず、ゆらゆらと揺れる仕組みになっています。これも天野博士が考案されたのだそうです。織物はどれもとても繊細な作りで、これが遺跡として発掘されたものとはとても思えないくらい、きれいに形が残っています。やはり年間降水量2%という極端に雨の少ない気候が幸いしているのでしょうか。

1階には売店がありました。そこでお姉さんが来ているセーターを発見!しかも色々な色があるではないですか!「着てみなさい!」というツアーのお母様たちの意見に逆らえず、試着をし、1枚購入。売店の売り上げも博物館の運営資金として使われているそうです。

公式HPはこちらです。

http://www.museoamano.com/jp/aboutamano.htm

この後は12151320までイタリアレストランでランチです。

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今回何処もランチはいわゆる高級レストランでした。今日はバイキングではなくコースでした。

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(相変わらず量は多い…)

ランチを終えてバスを待つ間、ずっと気になっていた事をダニエルさんに聞いてみました。それは、やたらと見かけるマイクロバスのようなものって何?ということです。

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するとこれも乗り合いバスの1つだそうです。大きいバスだけではなかったのですね。

さて飛行機が遅れたため、全てを回る事が出来ません。予約制を優先して博物館とレストランに行き、アルマス広場は明日帰りに寄るということになりました。次にバスを降りたのは「恋人たちの公園」です。

この公園は太平洋に面しています。この海の向こうは日本だ~!!!

なんといってもこの公園は正面にある男女の像です。

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なんと男女が横になり激しくチューをしている像なのです。日本では考えられない大胆さです。その名のとおり、この公園は恋人たちでいっぱいです。

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次に向かったのは「パチャカマ遺跡」です実はここも私の楽しみだった場所です。「パチャカマ」はプレ・インカ時代の遺跡で、リマから南へ30km、海岸に面したところにあります。『太陽の神殿』『月の神殿』『太陽の処女の神殿』などからなる遺跡です。紀元600年頃、ペルー中央海岸地帯に発生した文化で、後にここを征服したインカによって『パチャカマ』と名付けられました。『PACHA=天地・『CAMAC=創造者、つまり「天地の創造者」という意味です。マチュピチュほどメジャーではありませんが、高校生くらいの時に読んだ小説が「パチャカマ」が舞台で、それ以来ずっと気になる遺跡でした。

リマの市街を出てからはずっと海と砂地で、パチャカマ遺跡もそんな砂地の中にありました。

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塀や壁があるわけでもなく、むき出しの遺跡、そんな印象を受けます。パチャカマ遺跡はマチュピチュよりも広いといわれています。遺跡は今も発掘の途中です。立ち入り禁止の場所も多く、そこに入ろうとすると、警備の人が銃を持ってすっ飛んでくるみたいです。

私たちは『太陽の神殿』を見学しました。まず石段を登り遺跡の中に入ります。

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上に出て見た景色は、右手に海と緑地、左手は砂漠といった不思議な光景でした。

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砂漠の中に家が密集して建っているのがみえます。みな不法滞在なのだそうです。更に奥へ進むと正面に太平洋が見えました。

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その先はまだ発掘中で入れない場所です。海に面してイスのような物が並んでいました。

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このイスに座っていたのは貴族ではないかと言われています。

気になったのが、遺跡下の部分に書かれた文字。サインペンとかではなく石を削って書いたような文字が数箇所にありました。まさか落書きではないですよね?

手すりがあるわけではないので、足元に注意しながら石段を下ります。短い時間でしたが、「パチャカマ遺跡」を見る事が出来て良かった。

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ここからはトイレ休憩をいれつつパン・アメリカン・ハイウェイを南下、「ナスカ」へひたすら向かいます。

日本をバスで7時間走ったら何処に着くのでしょう?ペルーは何処まで走っても海と砂山と砂漠です。景色が殆ど変わりません。町に近づくと緑の畑が見えてきますが、町を出ると又同じ景色の繰り返しです。この国の広さを感じると同時に、日本って本当に小さな島国なんだなぁと実感しました。日本で景色が変わらないってありえない…。

1545 次にトイレ休憩で止まったところは、お土産屋さんでした。外から見てそこにお店があるなんて絶対分からないと思う!看板があるわけでもなく、窓もなく、お店が外を向いているわけでもない…。外からみたら正体不明の小屋のかたまり?みたいな…。でも中はとてもきれいで、置いてある品物も空港にいた売り子ちゃんが持っていたものと大違いで、品質が良いものばかりです。帰りは時間が無いかもしれないので、ということでお買い物タイム!皆さん大はしゃぎです。

私も目に付いた物の値段をまず確認して、ひたすら物色しました。おっとここにかわいいアルパカ人形があるじゃないの!あとバックとコーヒー・チョコレート、あらこのストラップお土産に丁度良いでない?…といった感じで、最初から現金はあきらめ、値段は気にせずカードでお買い物です。うーん買い忘れないかなぁ、でも帰りも寄るって言っていたし、その時でも良いか、なんて考えながらバスに戻りました。ツアーの皆さんも興奮していましたね。最初のイグアスとは大違いです。

バスは再び走り出します。あとはひたすら寝ていたかな?気が付いたら夜で、外は真っ暗。クスコもそうだったけど、本当に街灯が少ない。

オレンジ色の明かりが増えてきました。19:00バスはオアシスの町「ICA」へ到着です。ここのホテルで今日は夕食です。

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ここの名物はアスパラガス。途中アスパラガスの畑も沢山ありました。私を含め皆さん食事がバイキングの時は、野菜と果物ばかり食べていたように思います。20:00バスは再びナスカへ向けて出発しました。

前はこの「ICA」の町に泊まり、ここからセスナで地上絵を見に行ったのだとか。でもそれだとセスナに乗っている時間も長いし、『ミラドール』にも立ち寄れません。セスナに酔う人も大変です。

そしてもう一眠り、20:00過ぎ、やっとナスカへ到着しました。ほとんど寝ていたので、そんなに長いとは感じなかったけど、やっぱり疲れてはいるかな?添乗員さんが鍵を受け取る間ロビーで待っているのですが、皆さんもお疲れのようです。

鍵を受け取り皆さんと部屋へ、とここでハプニング。鍵が開かない…。そういえばクスコも鍵が開かなかったっけ?クスコはカードキーで、ほとんどの部屋が開かず、交換してもらったのですが、ここは普通の鍵です。どうもコツがいるようで、なんどかチャレンジしたら無事開きました。

夜も遅いのですが、明日は早いし、お土産買って荷物も増えたし、とにかく荷物を何とかしないと眠れません。明日バスに乗ったら、もう荷物を開ける機会もありません。明日の服だけだして、機内に持ち込む荷物を選別して手持ちバックに入れ、後はスーツケースに詰め込みます。なんとか荷造りを終えシャワーを浴びて、やっと就寝…。明日は最後の観光です。

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2008年8月24日 (日)

南米三大絶景の旅~6日目

611日(水)

今日はとうとう『マチュピチュ』へ行く日です!shine

400起床。昨日までの頭痛は何処へやら、結構元気です。500朝食。朝から食欲もバッチリ。

この日一番悩んだのが「着て行く服」。まず朝のクスコは夜同様非常に寒い!でも天気が良ければマチュピチュは暑いだろうし、山道登るから荷物は軽くしたいし、肩凝るからリュックの中身も軽くしたいし…云々、と非常に悩みました。結局すぐバスに乗るので、半袖のTシャツにパーカー、その上に朝だけウィンドブレーカー(雨合羽も兼ねて)、UV対策の薄手のマフラー、手持ちで夜クスコに戻って来たとき用にフリースとリュックの中にダウンのベスト。パスポート他貴重品は出発からずっと愛用のヒップバックに入れて行くことにしました。でもガイドのカルロスさんすごく重装備に見える…やっぱり寒いのかしら???などと多少の不安も抱えつつ550バスは出発。

クスコからマチュピチュへ行く一番メジャーなルートは、クスコから列車に乗って行くコースですが、今回私たちはバスで山を越え「オリャンタイタンボ」という町へ行き、そこから列車に乗りました。前はクスコから列車に乗っていたそうですが、これだと早朝出発は同じですが、帰ってくるのが21時くらいになってしまうのだそうです。今回のようにバスを使うと帰りは19時頃、ツアーを重ねるごとに色々改良されているのが分かります。

クスコからオリャンタイタンボまでバスで約1時間半の道のりです。早朝なのできれいな朝焼けが見えました。

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バスは標高4000まで上がります。窓から見えるのはジャガイモ畑とアンデス山脈。晴れていればアンデスがもっときれいに見えたのに~。ちょっと残念。

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しばらく走るとやがて麓の町が見えて来ました。『オリャンタイタンボ』です。

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『オリャンタイタンボ』の町に入ると道がかなりガタついてきました。山道もたまに「ガタッ」っときましたが、町に入ってからは凄い!「ガタッ」なんてもんじゃあなく、ずっと「ガタッ」「ガタッ」!です。クスコと同じように石畳なので、基本的にバスが走るように出来てないと思われます。又駅に近づくにつれ道が細い!なんとか駐車場まで到着。時間も間に合ったようです。

外は小雨が降っていましたが、傘を差す程ではありません(持ってきていないし)カルロスさんに付いて駅に向かいました。ここは国境?と言わんばかりの金網があり、そこを通り過ぎた所が駅です。ちっとも駅っぽくない駅でした。売り子ちゃんはここにも沢山いました。添乗員さんから切符を受け取り、列車と車両を確かめて乗り込みます。

ここ『オリャンタイタンボ』からマチュピチュの麓『アグアスカリエンテス』まで「ペルー・レイル」という列車で45km.の旅です。「ペルー・レイル」は、かの「オリエンタル・エキスプレス」の会社がマチュピチュ観光の為に路線として買い取ったそうで、地球上で2番目に高い場所を走る列車として、又世界で最も美しい車窓からの景色を楽しめる列車としても有名です。なので制服もとてもおしゃれ!

列車にもクラスがあります

ハイラム・ビンガム
この豪華な列車はクスコとマチュピチュの間を走ります。この列車には、車内でいただく食事やワイン、遺跡を巡るガイド、バス移動、遺跡の入場料、マチュピチュ・サンクチュアリー・ロッジでのアフタヌーン・ティーが含まれています。

ビスタドーム
この壮観な車両には、パノラマ・ウィンドウがあるので、風光明媚な眺めを楽しめ、素晴らしいペルーの景色の一部になったような感覚が楽しめます。ビスタドームは、マチュピチュを訪れるための最短方法で、ハイラム・ビンガムの次に快適です。 軽食とホット/アイスの飲み物が含まれています。

バックパッカー
バックパッカー車両は、シンプルかつ快適で安全を望む冒険好きの方のための車両です。座席はインディオの織物で覆われており、地元の趣で演出されています。サービスには軽食も含まれており、バックパックの収納場所もあります。

私たちの乗った車両は『ビスタドーム』です。乗り心地の良さに感激しつつ、食物や飲み物まで出てきたので更にびっくりしていました。けっこう美味しかった!

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軽食はこんな箱に入って出てきます。箱の蓋にドライフラワーが付けてあるところなんか、おしゃれですね。

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ペルーレイルはあっという間に(気分的には)到着です。まだ遺跡は見えませんが、周りの山並みは明らかにマチュピチュを思い起こさせるものでした。いよいよ来たぞ~!!!!

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おや?いつの間にかカルロスさんTシャツ1枚になってる!朝とは大違いで快晴、厚着では確かに暑いかも…。

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私たちが乗ってきた「ペルーレイル」も忘れずに撮って…。

駅を出るとすぐ出店が沢山並んでいました。でも買い物は帰りまでお預け。誘惑を跳ね除け、なるべく見ないようにして通りぬけますbearing。橋を渡って道路の向こう側に出て下へ降りると、乗り合いバスが沢山止まっていました。ここからはこの乗り合いバスで山の上へ上ります。

『アグアスカリエンテス』は標高2000メートルで、2400メートルの『マチュピチュ』まで通称『ペルーのいろは坂』(と添乗員さんが言っていた)をバスで進みます。今までの貸し切りバスと違い乗り合いバスなので、当然他のお客さんも乗ってきます。それにしてもガードレールもない細い砂利道をよく運転できるなぁ…。

と思っていたらいきなり音楽が鳴り出し演奏が始まりました。レストランだけでなくなんと乗り合いバスでも演奏を聞かせてCDを売り歩くのです!でもこの曲がりくねった山道を走るバスの中でよく演奏できるものだ…。もちろんあまりのガタ道で写真は撮れません。

バスが進むにつれ、ワイナピチュと思われる山が近づいてきます。胸は高鳴るばかりです。すると山間に遺跡が見えるじゃあないですか!!気分は「キャーhappy02!」ですよ。そうこうしていたら、バスは到着。『サンクチュアリロッジ』のすぐ横に止まりました。

バスを降りてまず、トイレと荷物を預ける説明を聞きます。トイレは有料で2ソル、荷物は5ソルでビニール袋をもらい、それに入る分だけ預けることが出来ます。

チケットを受け取っていよいよゲートを潜ります。カルロスさんの案内でまず見張り小屋のある上へ登りマチュピチュ全体を見て、その後門を入って遺跡の中を一通り回るそうです。

ゲートを潜って周りの山々を見回すとなんともいえない気持ちになります。

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緑の岩山、真っ青な空、白い雲、初めて目にするコントラスト。今でも目に焼きついて離れません。

少し歩くとすぐに最初のポイントがあります。まだまだ下ですが、遺跡が見渡せる場所です。すごく狭い所の先にあるので順番に見なくてはならないのですが、憧れの『マチュピチュ』をとうとうこの目で見ることが出来ると思うと、いてもたってっもいられません。そして目に飛び込んできた景色…

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言葉では表現出来ません…

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さあ、さらに奥へと進んで行きます。

それにしても、物凄く急な石段だらけです!私は調子は悪くないのですが、やはり標高を考えてゆっくり上るよう心がけました。でもかなり急な石段なので、普通に上っても心臓の鼓動は早くなります。とにかく気をつけて一歩一歩登りました。それにしても皆さん元気だなぁ。

登って登って、そしてとうとう見ることが出来ました、マチュピチュの全景!写真やテレビでしか見たことのないアノ風景です!

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私の夢が叶った瞬間でした…。何時間でもこの場所に座って眺めていたかった!

さて上からの景色を満喫したあとはいよいよ遺跡の中へ入ります。が、登った分おりなくてはなりません。のぼりが急なら下りも当然急です。

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遺跡の後ろを振り返ると向こうの山に遠くてかすかですが道が見えました。これがインカ道です。

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クスコからここマチュピチュまでずっと続いているのです。トレッキングコースもあり、途中からですが歩いてマチュピチュに入る人もいるようです。まあ、高山病になっているようじゃ無理だろうな…。

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ここがインカ道の出口です。

それにしても最高の天気になりました。山なので突然雨が降ることもあるらしいのですが、この日は快晴!。本当は標高の高い場所は紫外線も地上より強いので、サングラスは必需品なのですが、どうしてもサングラスをする気にはなれませんでした。めがね越しでなく、自分のこの目でマチュピチュの景色を見たかったのです。

急な石段を下り、いよいよ太陽の門を潜ります。

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ここからはカルロスさんの説明を聞きながら一つ一つ回っていきます。まず最初に目に入るのが石切り場です。

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更に進むと『本神殿』

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そのまま進み、石段を登った遺跡の中で一番高い所に『インティワタナ』があります。

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「インティ」は太陽「ワタナ」はつなぐものという意味で、太陽信仰を表しているものらしいのですが、具体的は用途は分かっていないようです。ただ、ひし形になった部分が「東西南北」にぴったりと向いていると言う事で、「日時計であった」という説もあります。現在この周りにはロープが張ってあります。前は無かったのですが、数年前にスペインのテレビ局が撮影に来たとき、上から撮影しようとして持ち上げたカメラが落下し、遺跡に傷がついてしまったのだそうです。それ以後ロープが張られロープの外からしか見ることが出来なくなったとのこと。

ふと周りを見ると、座って絵を描いている人がいました。

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遺跡を見ながら時折周りを見渡すと、険しい山々が目に飛び込んできます。遺跡だけ見ていると忘れてしまいますが、あらためて此処は山の奥深くだということを実感させられました。

その後又急な石段を下り、居住区へと入りました。

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『コンドルの神殿』は神聖な儀式が行われた場所ではないかといわれています。

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またコンドルの石の奥の部分からミイラがでてきたことからマチュピチュを世界に発表したハイラム・ビンガムはこの場所を牢屋だったと分析しました。 コンドルの神殿といわれているのは、下の柵の部分の手前側がコンドルの頭になっており、後ろの岩がコンドルの両翼になっているからです。コンドルのくちばしの部分には、また違った石が円形に作られています。 ですが、私は真っ青な空と神殿のコントラストに目を奪われ、肝心の柵の部分は写真を撮らずに終わってしまいました…。なってこった!

そのあと水汲み場を通りました。

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インカの遺跡は山を400メートルほど登ったところにありますが、水はマチュピチュの正面にあるワイナピチュから流れてくる水といわれています。水汲み場は10以上あり、上の水ほど高貴な人が使っていたそうです。

『太陽の神殿』は塔 ( Torreon )とも呼ばれています。

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中には入ることができませんが、美しい曲線を石で表現するというインカの石組みの技術を見ることができます。この下には陵墓と呼ばれるミイラを安置していたのではないかという場所があります。インカでは歴代の王のミイラがまるで生きているときのように扱われていたのは有名な話です。

名物?「リャマ」発見!

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私も触りたかった~bearing

そしてとうとう出口です…。名残惜しい…weep

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「絶対又来よう!」と心に決め、遺跡を後にしました。

ゲートを出てサンクチュアリロッジへ向かうと、添乗員さんの姿が見えました。リタイア組と一緒に先にロッジの中へ入っていたようです。今日のランチは此処でバイキング。マチュピチュの目の前にあるホテルとして有名な『サンクチュアリロッジ』ですが、泊まるとかなりお高いそうです。でもワイナピチュに上るには此処か麓の『アグアスカリエンテス』に泊まるかしないと無理だとの事。ペルーだけを回るツアーだとこのロッジに泊まるようですが、料金も少し上がります。

さてランチはとてもおいしくよかったのですが、まあ元々少食なので、たいして食べてはいないかな?皆さんも結構疲れたみたいで、あまり食べてはいなかったようです。

食事を終えて先ほど預けた荷物を受け取り再び乗り合いバスに乗って麓へ戻ります。これでマチュピチュとも本当にお別れです。『グッバイボーイ』というのがいると聞いていたのですが、私たちは見ることが出来ませんでした。帰国後あるサイトによると、今の村長さんは子供が学校にも行かず仕事をやる事に反対と言う事で、今は見られないそうです。

麓にもどり、ここからはお買い物タイム!駅のそばに露天が密集している所があります。行きがけになるべく見ないようにして通ってきた場所です。あまりに沢山で目移りしますが、売っているものは何処も大差ありません。なるべく質の良い物と料金交渉がポイントです!私は無意味に何週も周ってしまいました。

アルパカの人形が欲しかったのですが、どれも可愛くない!!

再び「ペルーレイル」で『オリャンタイタンボ』までもどります。なんと帰りの列車の中では、乗務員さんによる「アルパカファッションショー」が開催されます。

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まず「聖カルメン祭り」の装いをした人が登場

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続いて男女のモデルさんが交互に、アルパカのセーターを着て通路を往復します。2人で何着も着替えて、往復するので早や変わりが大変そう!でも女の子がとっても可愛くてlovely、思わず「買いたい」なんて思ってしまったりして。(高くて買えません…)素晴らしく楽しいひと時でした。

さて駅に到着。来た時と同じバスで戻ります。が帰路は皆さん爆睡sleepy。バスの中はとても静かです。ふと窓の外を見ると、一面の星空shine。外に出てみられないのが残念なくらいです。さすが標高4000メートル、星空も半端ないですね。

それにしても道路は外灯もなく真っ暗…外灯ないのにどうやって走っているんだろう、このバス??

クスコに到着、ホテルへ戻る前に昨日行けなかった『十二角の石』を見に行きました。

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『十二角の石』細い路地にありました。

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正面からの写真ではないのでわかりづらいのですが、よく見ると一つ一つの石がちゃんと「十二角」になっているのです。

長い一日も終わり、ホテルへ戻って夕食です。今日は名物「ロモタルサード」日本人には非常に食べ安いと思いました。

明日はリマへ戻ります。

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2008年8月22日 (金)

南米三大絶景の旅~5日目

10日(火)

今日はいよいよクスコへ出発。せっかくの5つ☆ホテルですが、ここシェラトンリマホテルには寝に来ただけって感じです。それにしても朝から車のクラクションが凄かった!(これが普通??)

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リッチな朝食をすませ、現地通貨に3ドル分両替して荷物を持っていざバスへ!

ホテルから空港までは左程遠くないのであっという間に着いてしまいますが、ガイドのダニエルさんの話しを聞きながら、窓の外を眺めていました。昨日は夜だったのでよく分からなかった景色が今日ははっきりと見えます。

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リマの街は、高い建物がなく2・3階建ての建物、ワゴンで野菜や果物を売っている人たちの姿、

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至る所を歩き回る野犬(中には飼い犬もいるでしょうが…)といった、庶民的な町という印象でした。

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豊かな街には見えなかったかな。後進国ってこういうことなのかな…などと勝手に思いを巡らせていたのですが、後日リマへ戻り、改めて観光をしたときに分かりました。ホテルから空港へ向かうときに通ったところは旧市街だったのです。

リマの交通は乗り合いバスが中心で、電車や地下鉄はありません。タクシーはメーターが無く、乗車する際に交渉をして金額を決めるそうです。路上のゴミも多く、あらためて日本ってきれいな町なんだな、と思いました。

空港へ到着。

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クスコへ向かうための搭乗手続きを終え、2階に上がって添乗員さんが空港税を支払う間待機です。しばらくして添乗員の渡辺さんが乗る予定の飛行機が欠航になっていると言われた、ということで30分程時間が出来ました。添乗員さんは日本を出発するときに、「飛行機が飛ばないとか結構普通にある」、と言っていたのですが、今回の旅行はとてもスムーズで、「スムーズすぎて不気味」とさえ言っていたので、まあ欠航になったと言われても普通なのかな?

せっかく時間が出来たので、そばにあった売店へ皆向かいました。私はCDが目に入ったので、直行!ちゃんと試聴も出来るんですhappy01。ヘッドホンが置いてあり、5枚くらいCDが入っていて、好きなCD・トラックを試聴することが出来ます。まさにHMVなどにあるアレです。アルゼンチンではタンゴ、ペルーではフォルクローレのCDを買うのも目的の一つでしたので、ちょっと興奮!色々迷いましたが、アルパを引いている民族衣装を着た男性のジャケットが印象に残ったCDをゲット。

そうこうしているうちに集合がかかりました。結果は間違いで、飛行機はちゃんと飛ぶということで、人騒がせな…。さすが南米(何が?)そして飛行機は一路クスコへ!

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飛行機を降りて周りの景色を見回して感動!!!!町中が世界遺産、その町並みが飛行機を降りた私の目に飛び込んできました。

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(涙が出そうだ…crying)あこがれの地までもう一息だ~!!おっと油断してはいけない、ゆっくりゆっくり…と。

クスコの標高は3360メートル。昨日の夜から添乗員さんがくどいくらい言っていたこと、それは高山病対策です。高い所では気圧が下がるため空気がうすくなり、それに応じて含まれる酸素の量も減ります。体がそのような環境になれることが出来ずにいくつかの特徴的な症状が出現、いわゆる高山病です。高山病は標高2500mぐらいから発症する可能性があり、チベットや南米には、標高30004000mの高地に乗り物で行ける観光地があります。そこを訪れる人すべてに高山病発症の可能性があるのです。クスコはまさに『高地に乗り物で行ける観光地』。低圧低酸素環境への急激な変化に体がついていかないことが原因で、症状が出現する標高やその高さになれるまでの時間には個人差があり、同じ人でもその時の体調によって異なります。高山病は体質ではなく体調に左右されるのです。

さて添乗員さんも口を酸っぱくして言っていた高山病にならない為の6か条、

 行動はゆっくりゆっくり
 あれ?と思ったら大きく深呼吸
 水分を沢山とる
 アルコールは控えめに
 熱いお風呂は避けて、ぬるめのシャワーにする
6 食事は腹八分

高山病の主な症状は、

 頭痛(これが一番基本的な症状とされています)

 消化器症状(食欲不振、吐き気、嘔吐)

 疲労、脱力

 めまい、ふらつき

 睡眠障害

飛行機をおりた瞬間は特に感じなかったのですが、飛行機のタラップを降りて空港内へ行くのに多少距離があり、用心に越したことはないのでゆっくりゆっくり歩きました。ところがしばらくすると「クラッ…」と来て次第に心臓がバクバクと物凄い速さで動き出したじゃあないですか!!!あわてて立ち止まり、まず大きく深呼吸。心臓が落ち着くのを待って再びゆっくりと歩き出しました。クラッとしたのは一瞬でしたが、ちょっとでも無理すると又心臓がバクバクし始めます。とにかくゆっくりゆっくりです。それ以外はとにかく気をつけていたので、けっこう平気でした。周りを見ると同じツアーの皆さんもゆっくり歩いていました。でも健康に自信がある人ほど要注意ですよ!!高山病は健康とはあまり関係ないって分かりましたから。

空港の中に入ると、音楽が聞こえてきました。フォルクローレの楽団です。そばにはCDが置いてありました。うーんクスコに来たって感じだ!空港を出るとお土産を売りに沢山の現地の人が群がってきます。話しには来ていましたが、歩いている私たちをカメラで撮影しまくる人もいました。後で写真を売りにくるのだそうです。

バスも今までのような大型バスではなく、ちょっと大き目のマイクロバスといった感じです。さすがに今までのように一人一席という訳にはいきせん。私たちのスーツケースはバスの胴体のほかに、はしごを側面に付けてバスの上にも乗せます。荷物を乗せる間窓の外を見ていたら、売り子ちゃんがまだバスの回りにいました。バスが発車するまであきらめません。売り子が持っていたものでひとつ気になる物がありました。何やらペットボトルを入れて肩から提げているのです。ちょっと良いんでないの?そう思っていたら、バスが動き出しました。

ここクスコでお世話になったガイドさんはカルロスさんといいます。まずはホテルへ向かい昼食を取ってから町を観光です。

ホテルへ到着、バスを降りるなり、また売り子に囲まれました。部屋へは行かず直接ホテル内のレストランへ入り先にランチです。

食事が始まると。どこからともなく現れた二人の男性が演奏を始めました。ケーナやサンポーニャといったペルーの楽器を文字通り駆使して、素敵な演奏を聞かせてくれました。

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同じ楽器でも大きさによって音の高低が変わるのは同じで、サンポーニャ一つとっても大きいの小さい中くらいのと、一人で何回も楽器を持ち替えて様々な音色を醸し出します。

こちらではレストランで演奏を聞かせてCDを売って回るミュージシャン?が沢山います。フォルクローレのCDが目的の私はもちろん大歓迎です。だって実際に生演奏を聞いて買うか決めることができるんですもの!この日の2人は上手い部類だと思います。パワーも感じられました。CDは2種類あって1枚10ドル2枚だと15ドルということで、もちろん私は2枚ご購入です。演奏が新鮮だったのか、皆さん気に入ったのか売れ行きも上々のようでした。

ホテルに着いたあたりから、友人の様子がおかしくなりました。食欲は全く無く、トイレの往復…。どうやら高山病にやられた様子です。成田で添乗員の渡辺さんが言っていた「若い人のほうが危ない」が本当になりました。後で友人も言っていましたが、彼女も健康には自信があったので、「自分は高山病にはならない」と本当に思っていたそうです。でも実際は、一番に彼女がやられてしまったというオチです。

私は健康というより、重度の肩こり持ちの偏頭痛持ちなので、当然血行も良くない訳で、ならないでほしいけど危ないかも…と思っていたながら、とにかく慎重でした。そのおかげか、ホテルに着いてからはけっこう平気で、食欲も普通にありました。特に頭痛や吐き気もなく、ゆっくり歩いてさえ入れば大丈夫でした。さすがに『ゆっくり』を怠ると心臓がバクバクし始めますが。

食事が終わった後はクスコ観光です。ここでも添乗員さんが高山病対策の六か条を言います。「大丈夫かな?」と皆が心配するくらい友人は辛そうです。

クスコは1200年から1533年まで栄えたインカ帝国の首都だった町で、「クスコ」とは現地の言葉ケッチュアで「へそ」という意味で、世界の中心を表します。クスコには現在でも精密な石組みのインカ時代の建物が残っています。

フランシスコ・ピサロが第13代皇帝アタファルパを捕らえてから、クスコの町にはスペイン風の町並みに変わっていきました。精密な石組みを誇るインカの建築物と、スペイン風の建物が融合する町、それがクスコなのです。

私たちはまず『サント・ドミンゴ教会』へ向かいました。

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現在サント・ドミンゴ教会となっている建物は、インカ帝国時代にはコリカンチャと呼ばれる「太陽の神殿」だった場所です。ケチュア語でコリとは黄金、カンチャは居所を表します。「コリカンチャ」にはインカ帝国の黄金が集められていました。15331115日、エクアドルから南下し、第13代皇帝アタワルパを殺したフランシスコ・ピサロ率いるスペイン軍は、クスコに入場します。征服者達は、市街の主要な建物から金銀財宝を略奪し、金は延べ棒にして本国へ送りました。そのためスペインやヨーロッパが一時インフレに見舞われたというから、彼らの得た金銀がいかにものすごい量であったかが分かります。

その後、めぼしいものがなくなると、今度は神殿を壊し、スペイン風の教会を建て始めました。太陽の神殿の跡には、サント・ドミンゴ教会、太陽の処女の館の上にはサンタ・カタリナ修道院、ビラコチャ神殿の跡にはカテドラル教会などが建てられています。

中に入り「ここが全て黄金だった」と言われても、いまいちピンときません。だって本当に今はただの石の神殿なのですから。

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中に飾ってある絵画などは撮影禁止ということなので、気を付けながら写真を撮りました。

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教会の中からもクスコの町並みが見渡せます。

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教会の周りは結構細い路地でした。

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クスコにはこの様な路地が沢山あります。そこを車が通るのってけっこう凄い…。

この後バスで標高3600メートルまで上がります。ここで私は油断をしてしまいました!!3200から400メートル上がっただけでそんなに違いがあるのかな、と…。

目指すは「タンボマチャイ」ですが、途中大きなキリスト像がある場所で一度とまりました。

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友人はバスの中でダウン中。私は上から見るクスコの町並みを撮ろうと、ゆっくりとバスをおりました。風があり、ちょっと歩きづらかったのであわててしまったのか、ここで異変…。「ちょっとやばいかも…」を思い、さらにゆっくりとバスへ戻ります。もちろん写真は撮りましたとも!

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バスに座るなり強烈は眠気に襲われました。バスが発車したのは覚えているのですが、その後は寝てしまったようです。

タンボマチャイに到着です。ガイドさんと添乗員さんが「具合の悪い人は無理しないで下さい」と声をかけます。私は着いた時少し頭痛がしましたが、せっかくここまで来たのですから、多少無理してでも行きますとも!これが失敗だったsad

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標高は3764m.かなり上がって来ています。タンボマチャイの遺跡まで200メートル程でしょうか?まっすぐな道を歩いて行きます。私は気をつけてとにかく今まで以上にゆっくりと歩きました。ところがあっという間に皆から離れてしまい、すっかり置いていかれてしまったのです。みんな元気だなぁ、平気なんだ…と考えつつ、私はとにかく歩くことで精一杯でした。下だけを見て一歩一歩とにかくゆっくり、ゆっくり…。でもちっとも目的地に着きません。とてつもなく遠く感じます。しばらくすると、同じツアーの方が1名戻ってきました。リタイアするそうです。私も頑張って歩きましたが、結局断念…リタイアしました。真ん中位まで行ったのかなぁ?でも戻るのも大変だった…。

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戻りの道は更に長く感じる…。

バスに戻り、効くかもしれないし飲んでみるか、といつもの鎮痛剤を飲むことにしました。偏頭痛にはこれが一番効くのです、私には。(日本ではね)通常錠ですが私はいつも1錠で効きます。でもこの時は錠飲んでおけばよかった!!

遺跡まで行った人たちがもどってきました。「私、ぜんぜん平気!」とはしゃいで戻ってきた方もいれば、「僕平気だなあ。うん、普通に動いても大丈夫だ…何ともない」と静かにつぶやいていた方もいたり、皆さん本当に平気なんですね~「えー本当に?!うらやましい…」とこれは私が口に出したその時の正直な感想。

この後、夜のアルマス広場へと行くのですが、その前にどこか立ち寄ったかなあ…?うーんこのあたりから記憶が定かではないのです。とにかく頭が痛くて…。皆さんが夜のアルマス広場へ行っているとき、停車しているバスからオレンジ色の夜景を眺めながらせつなく過ごしたのはちゃんと覚えています。しっかり写真は撮りましたから。

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このときバスの中にいたリタイア組は、私を含め5名だったでしょうか?1人の方は風邪一つ引いたことがなく、健康には頗る自信があり、絶対に高山病にはならない!と思い込んでいたようで、このときも風邪だ!と言い張っていたのだそうです。認めるのに時間がかかったと同行のお友達がおっしゃっていました。

皆さんが戻って来たので、一旦ホテルへ戻りその後夕食です。今日は楽しみにしていたフォルクローレのショー!バスの中でメインとジュースのチョイスを添乗員が聞いて回ります。がホテルへ戻りちょっと横になったら、結局動けなくなりました。友人共々夕食はキャンセルです。(もったいない…)せっかくのフォルクローレショーだったのに残念weep

夜中に目が覚めた時は頭痛も治まっており、けっこう元気になっていました。(頭痛だけでしたし)この分なら明日は大丈夫かな?

明日はいよいよ『マチュピチュ』です。

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2008年8月21日 (木)

南米三大絶景の旅~4日目

  6月9日(月)

今日でイグアスともお別れ…。飛行機の時間が早いので、ホテルの出発も早朝です。バスの窓からとてもきれいな朝焼けが見えました。昨日ガイドさんが「明日は雨ですよ」といっていた通り、バスで出発して少しすると雨が降り出しました。雨は直ぐに止み、バスからとても大きな虹が見えたので慌てて写真を撮りました。(出入国ゲート付近では写真撮影が禁じられている為)

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昨日から何度も繰り返しているブラジル・アルゼンチンの出入国ですが、ブラジル出国もこれでラスト、全員のパスポートを持ってガイドさんが出国スタンプをもらいに行きました。今は簡単にそれで済みますが、たまに係りの人がバスに乗り込んできて人数の確認をすることはあるそうです。ですが来月からは厳しくなるとか。逆に昔も厳しく、出国の際に靴に付いた泥とかまで払わされたそうです。

イグアス空港に到着。荷物はポーターさんが全て運んでくれるので、私たちは手荷物のみで空港階で待機です。飛行機の搭乗手続きもすべてガイドさんと添乗員さんが行ってくれます(ツアーってなんて楽なんでしょう!!)

2階の売店で色々見ていたら同じツアーの方に料金を聞かれました。「レアルは0.7掛けるとドルだから…って違うよ、ここはアルゼンチンだからペソ!」なんてちょっとした混乱あり。

さていよいよイグアスともお別れです。飛行機の搭乗手続きが始まりました。ガイドのニシカタさん・マルセルさんとも名残惜しいですが、とうとうお別れ…。涙が出そうになりました。でも笑ってバイバイしたかったので、これからガイドの試験を受けると言っていたマルセルさんに「試験頑張ってね!」と声をかけてお別れしました。

さてブエノスアイレスへ戻ってきました。来たときと同じガイドさんの案内で今日はこれからブエノスアイレス観光です。最初に来たときも思いましたが、バスの座席が非常に心地よい!

天気予報は晴れだったのに、あいにくの雨…。しかも寒い!気温11℃。まずは昼食会場となるレストランへ向かいます。意外というか、今回のツアーでは三大絶景つまりイグアス・マチュピチュ・ナスカの地上絵がメインで、イグアスからリマへの通過点にブエノスアイレスがある、という「おまけ」といっては大変失礼ですが、まあついで?のようなものでした。しかし、今回実際に行って最も私が興味を持ったのが「ブエノスアイレス」でした。数時間の観光だけではなく、もっと色々見たかった!ランチは海沿いのイタリアレストランでした。

しかし寒い!南半球は冬だと分かってはいましたが、場所が場所なので、半袖の服ばかり持って来たことを、ここで後悔しました。もちろん寒さ対策のジャケットもありましたが、ダウンの1枚でも持ってきた方が良かった…。そのほうが絶対利口です。ブエノスアイレスは今回の旅程だと一番南になるので、まあ寒いかな、とは思っていましたが、甘かったかな…。

さていよいよブエノスアイレス観光です。ブエノスアイレスは1816年7月9日独立、南米のパリと呼ばれるように、ヨーロッパ風建築の建物が並ぶ町です。「ブエノス」は良い・「アイレス」は空気という意味です。国の花は「ジャカランタ」今回は冬なので、残念ながら見ることは出来ませんでしたが、紫色のきれいな花との事。ブエノスアイレスにデパートはなく、代わりにショッピングセンターがあります。町を見渡すと目立つのが「犬散歩やさん」。こちらではバイトの定番だとか。まずは世界三大劇場のひとつ「コロン劇場」へと向かいました。コロン劇場はパリのオペラ座・イタリアのミラノ座と並んで世界三台劇場と呼ばれています。残念ながら今は改修工事中のため、中に入ることは出来ず、外からのみの見学です。

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その後はカテドラル教会へと向かいました。

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教会の中はとても広く、中心の祭壇前にはミサのために椅子が後方まであります。敬虔な信者の方などがお祈りしていたり、懺悔をしてる人もいるのですが、観光客は自由に入り、写真撮影も出来ます。もちろん静かにすることが大前提ですが。それにしても変な気分です。

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この教会は、アルゼンチンの軍人であり南米南部独立の英雄『サン=マルティン』の柩が安置されていることで有名です。

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柩が納められている部屋の前には常に衛兵が立ち、アルゼンチン・ペルー・チリの聖女像に囲まれながら安置されていました。

バスの集合まで時間があったので、道路の反対側に渡ってみることにしました。実は帰国してから知ったのですが、そこはアルゼンチンの歴史上非常に重要な場所で、5月広場というところでした。正面に見えるピンク色の建物が「大統領府」。

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ミュージカル「エビータ」で有名なあの大統領府です。ガイドさんからその話しを聞いた時はちょっと感動!左側にカテドラル教会、

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広場の中央に建っているのがこの広場のシンボル『5月のピラミッド』です。

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どこに行ってもタンゴの音楽が聞こえてきます。アーティストの町と呼ばれ、週末になると沢山のアーティストが集まってくるそうです。

ふと目線を上に向けると…

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エビータこと『エバ・ぺロン』や『マラドーナ』といったアルゼンチンの英雄の人形が至る所にいました。

さて町の散策は後にして今回目的の一つ、アルゼンチンタンゴのCDを目指してお土産屋さんへ飛び込みます。

ガイドさんにお勧めを聞いて、2枚購入。せっかく現地に来ているのだから、日本では絶対手に入らないCDが欲しいじゃあないですか?(もっと買って置けば良かったbearing)その後町をぐるっと回りました。タンゴを踊るのであろう男性の人が親切に「写真撮ってあげましょうか?」って言ってくれたのですが、断っちゃいました。ブエノスアイレスは治安が悪いといわれていたので、なんか警戒してましたね。野犬がどこに行ってもうろうろして、ちょっと怖かったですね。だって子犬じゃあなくけっこうでかいんですよこれが。狂犬病の予防注射が必要なのが分かった気がする…。

町の一画でやたら記念写真を撮っている他国の外国人旅行客らしき人が一杯いて、友人と、「有名な場所なのかしらね」なんて言っていたら、これも帰国してサイトの写真を見て分かったのですが、その場所は『カミニート』と扉の上に描いてあるところだったのです!勉強不足だ…

名残惜しくもボカ地区を後にして、バスは空港へと向かいました。1800空港着。ブエノスアイレス国際空港は他の空港とかなりイメージが違い、天井が低いのがとても印象に残っています。搭乗手続きを終えて4番ゲートへ。搭乗時間まで1h程時間があり、自由時間でしたが、皆さんお疲れのようで、早々に椅子に座っていました。免税ショップの香水売り場が直ぐそばだったので、臭い!香水苦手な私にはちょっとばかりつらい…。

ここにきてデジカメ用に持ってきた単三電池の減りが早いことが心配になり、まだ旅程三分の一が終了したばかりだったので、空港の売店で4本購入。こちらで買う電池ってちょっと心配だったのですが、実は持っていったものより非常に持ちが良かった!

飛行機は一路リマへ…。ブエノスアイレスの夜景を見ながらお別れです

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それにしてもラン航空は寒い!

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今回のラン航空で非常に満足したこと、それは映画や音楽の種類がとても豊富だということです!映画は字幕も含め、『英語』『スペイン語』なので見ても良く分からないため、ひたすら音楽を聴いていましたが、大好きなクラシックが沢山あって感激でした。

機内食を食べて一眠り…

飛行機の窓からリマの町が見えてきました。一面オレンジ色の夜景でとてもきれい!

夜遅くリマに到着。飛行機を降りて空港に入るなりすごい列!しかも列が進まない…。なんと入国に1hもかかってしまいました。荷物を取って税関へ。税関を通るとき緑か赤のランプが付きます。何人かに一人、赤ランプが付いて、その人は横に呼ばれてスーツケースを開けさせられます。が、センサーがあるわけでなく、X線があるわけでなく、どうみても手動でしょう?!うちらのグループから2名はずれで赤ランプがつきました。バスに乗り込んだのは025、夜中です。

リマを案内してくれるのはガイドのダニエルさん。日本語ペラペラのイケメンさんです。ダニエルさんの話によると、8便同時に着いたとのこと。どうりで混むはずです。こちらの空港は夜中が一番混むのだそうです。逆に昼は空いているのだとか。同じ日の昼間にサッカーペルー代表が戻ってきて、空港の周りは非常に混んでいたそうです。ただ負けたので国民はとても怒っていたそいうことで、さすがサッカーの国南米って感じ?

リマは湿度は高いけど、雨が殆ど降らないので誰も傘をささないそうです。こちらの通貨はソル。1ソル30円くらいです。

030シェラトンリマホテルへ到着。マチュピチュで現地通貨が必要ということなのでホテルで両替をするのですが、夜中に関わらず、今日のうちにと、皆並んで両替をしようとしたところ、添乗員さんが心配して、今日は寝て明日にしましょう!と皆を説得してました。明日はクスコ。標高の高いところです。睡眠不足も高山病の要因の一つになるので、とにかく寝て!ということのようです。明日は早朝に出発なので荷物を整理してお風呂に入って早々に寝ました。 

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南米三大絶景の旅~3日目

68日(日)

さあいよいよ今日から観光の始まりです。(出発して2日もたっているのに今日…)朝はホテルのバイキング。時前だというのに朝から食欲もバッチリ!

さてバスに乗り込み出発!空港はアルゼンチンでしたがホテルはブラジル。イグアスの滝はブラジル側とアルゼンチン側とそれぞれに見所があります。まずは午前中ブラジル側から回りました。後で聞いた説明によりますと、主に滝の全景と滝壺を下から見るブラジル側は、午前中でないと虹が見られないそうです。この日は快晴!季節は冬、雨季で無いにも関わらず、推量も多いと言うことでガイドさんと話し合い午前中がブラジル側になったそうです。

まずはイグアス国立公園のゲートへ向かいました。

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ここは本当に通るだけの場所です。ここで入場券のようなものをもらいゲートを潜ってそれを係りの人に渡す。たったそれだけなのですが、ここではイグアス国立公園に入った人の数をカウントしているのだそうです。

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パスを受け取って細長い紙を腕に巻き(これがゲートを通った証拠?とのこと)ゲートを潜って再度バスに乗り込みました。

ここからは一面緑!準ジャングルです。ガイドのニシカタさんによると15年ほど前に大きな木は全て伐採され尽し、今は小さな木しか残っていないのだそうです。ゆえにジャングルではなく準ジャングル。確かに大木は1本もなく、皆同じくらいの背丈で細い木ばかりでした。

しばらくバスで進んでいたところ、前の方が騒がしくなってきました、どうしたのかしら?なんて思いつつ首を出してみたら、バスの前方を走るジープに迷彩服の軍人さんが大勢乗っているではないですか!?何??何?と思っているうちにバスは目的地へ到着。イグアスフォールブラジル側遊歩道の出発点です。

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バスから降りると先ほどの軍人さんがうじゃうじゃ。どうやら彼らも観光のようです。こちらでは男子は2年間兵役を務めなくてはならないそうで、それをしないと結婚も就職も出来ないのだとか。その間は国境の警備に当たるとの事。

さあいよいよ滝の観光です。しかし、冬だというのに暑い!ニシカタさんの説明によるとやはり異常気象で、通常は6月に入ると大分涼しくなるらしいのですが、今日の気温は初夏のそれだとか…水量も雨季は終わっているので本来ならば少ないはずが、数日前の雨で水量も多いとのこと。しかし、これは私たちにとってはラッキーです。

ここからはかなり歩くようですが、皆さん年齢関係なく元気だこと!!

ゆるやかなくだり坂が続き、足元に気をつけながら進みます。写真を撮るのに夢中になっていると滑ります…。ブラジル側はとにかく滝の全景が見渡せます。

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とにかく大きな滝の全貌と、至る所で見られる虹に皆大感激です。

途中アライグマが出没。皆に餌をねだっていました。

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話しには聞いていましたが、まあうじゃうじゃと出て来ること。かわいいからといって手を出すと噛み付かれるそうです。

いよいよブラジル側の見所滝壺のそばまでやってきました。

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近づくにつれ水しぶきが霧となって当たりに散乱し始めます。段々と水しぶきが大きくなり、こちらもびしょ濡れ!カメラを必死で守りながらの撮影です。せっかく此処まで来たのだから写真撮らなくちゃ!

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ガイド見習いのマルセルさんがカメラを庇いながら一生懸命とってくれました。桟橋の上は決して広くありません。はっきりいって「軍人さん邪魔よ!!」って感じ…。

早々に非難して今度は滝の上へと上がります。

上からは滝を見下ろす風景と滝へと続く大きなイグアス川が見渡せます。

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海のように大きくて静かな川。これがこの後瀑布となって落ちるなんて…。

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強い日差しも手伝って、この頃には濡れた服もすっかり乾いていました。名残惜しいですが、ブラジル側の風景とはお別れです。トイレ休憩を挟んでバスへ乗り込み、ランチ会場となるレストランへと向かいました。

途中バスでお土産やさんへ立ち寄り、その後ランチ会場となるレストランへ。ランチはブラジル名物「シュラスコ」です。

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少し早いのですが、この日だけで2000人ほどの予約が入っているらしく、時間指定で1130から昼食でした。お肉にも色々種類があるようで、ガイドさんが日本人好みの柔らかいお肉は…と2種類程教えていただいたのですが、席に着いてお皿を受け取りお肉の前に行くころにはすっかり忘れ去っていた…。後はバイキングでサラダやフルーツ、パン・デザートをそれぞれお皿に取って行きます。お寿司もありましたがさすがに手は出しません(だって生ものだし…)

さて午後はアルゼンチン側です。ブラジルを出国し、アルゼンチン側の入り口へ向かい、そこからトロッコ電車に乗ります。乗り場まで行く途中では現地の人が露店を出していたり、子供たちが歌っていたりしました。チップをもらう為です。なので人が通り過ぎてしまうと歌うのを止めるのです。このような光景、テレビでは見たことがありましたが、実際この目で見てしまうと、とても複雑な気持ちになります…。日本では決して見られない光景ですよね…。

トロッコ列車は30分に1本で、途中2つ程停車駅がありますが、シーズン中混む時期は始発駅から乗り、次の駅で降ろされ、その次に来る列車に再度乗って進むそうです。そうしないと始発駅で満員になってしまうので、次の駅から乗車する人が乗れないのだそうです。月はオフシーズンなので、それ程混んでおらず降ろされることもなく進みました。

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トロッコ列車は準ジャングルの中を進んで行きます。赤土の大地と緑の木々が何処までも続きます。蝶々も沢山飛んでいましたが、沢山ではなく、今は冬なので少ないのだとか。私たちからしてみれば十分沢山なのですが、夏はワイパーで払うくらいバスに寄って来るらしいですよ。ちょっと想像出来ないでしょう?

終点でトロッコ列車を降りて、そこからは河の上に造られた遊歩道を進んで行きます。河はこの先の激しさが全く感じられず、とても静かです。太陽が河面に反射してそれがとても美しく、思わずシャッターボタンを押していました。

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結構な道のりで日差しを遮る物が全く無い為、とても暑いです。周りは皆半袖やタンクトップといった真夏の格好。でも私たち日本人の団体は皆長袖にサングラス・帽子といった重装備?現地の人にしてみれば、不思議な格好かもしれませんが、女性にとってこの強烈な日差しは侮れません…。あと水量によってはブラジル側以上に水しぶきを浴びると聞いていたので、雨合羽代わりのウィンドブレーカーをも着込んでいました。それにしたって暑い!(半分後悔…)

そんなこんなでまるで耐久レース?のごとく暑さに耐えながらゴールへ到着、通称「悪魔の喉笛」です!

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物凄い迫力で私たちを迎えてくれました。先ほど下から見たブラジル側とは全く異なり、あまりの水量で全く滝壺が見えません。

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うーん言葉が出ない…。写真も一杯とりましたが、写真ではとてもこの迫力は表現出来ません。言葉足らずで申し訳ないですが、やはり「百聞は一見にしかず」です!!

この時間全くの無風で、水しぶきは飛んでこなかった…(私たちの格好が馬鹿みたい)。ブラジル側の方がよっぽど必要だったわこのウィンドブレーカー。

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この後来た道を戻り、トロッコ列車でひとつ前の駅に戻り、別の遊歩道を進みました。けっこう長い道のりで、別の角度からイグアスの滝を楽しむことが出来ます。

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この日歩いた距離は6km.!ですって…。

イグアスの滝では、遊歩道を歩いて観光する以外に、ボートで滝の下まで行き、滝に突っ込む!といったツアーがあります。もちろん危険も伴うので、日本の旅行会社では組込みません。料金は90ドル(だったかな?)で所要時間は1時間程だそうです。

一通り周った後は来た道を戻り、再度トロッコ列車に揺られながら、同じツアーのご夫婦と話しも弾み、あっという間にスタート地点へと戻って参りました。バスへと戻る道すがら、来たときと同じように子供たちが歌を歌い出しました。何か少し切ない気分です。理由は…色々ですが、日本って平和なんだなぁ…なんて改めて思ってしまって。

バスに乗って本日最後の観光「三国国境地点」へと向かいました。ここからは文字通りブラジル・パラグアイ・アルゼンチンと3つの国が河を挟んで見渡せる場所です。

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私たちはアルゼンチン側にいますので、河を挟んで右がブラジル、左がパラグアイになります。これで本日の観光は終了、再びブラジルへ入国して1820ホテルへと戻ってきました。

本日の夕食は同じホテル内ですが、昨日とは別のレストランです。今日は完全バイキングなので、好きなものを好きなだけ取ることが出来ました。サラダ関係も沢山出ていて、全体的に皆さん野菜と果物を沢山取る方が多いように思いました。添乗員さん曰く、「こんなに生野菜が出るのは珍しい」のだとか。

部屋へ戻り荷造りをして、明日の準備。明日はイグアスとお別れです。飛行機の関係で出発が早いので、頑張って起きねば…。

 

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2008年8月20日 (水)

南米三大絶景の旅~1・2日目

念願の南米旅行!10日間の旅行記です。

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6月6日(金)

待ちに待った南米へいよいよ出発の日。

今回私たちが乗る飛行機はJALairplane若しくはJALと同じグループの飛行機になります。と言う事は、そうポイントが貯まる!早速もらったチケットでマイレージ登録をしようと、搭乗口横にある機械のところへ行き、まず友人がチケットとカードを入れる、すると取り扱い中止に…。今度は別の機械で私が同じ事をやってみる…またも取り扱い中止……何で!??

そんなこんなで旅はスタート!(マイレージは事後登録だ!

成田~ロサンジェルスまで9時間55JALってこんなに狭かったっけ??)ロスでトランジット、時間は日本より8時間進みの1日遅れ。日本時間7AM330・現地時間6AM1130到着、1200アメリカの入国手き・税関を通り、一旦荷物を受け取り空港内を移動して再度荷物を預け、ラン航空カウンターにてチェックイン。(うーん此処はアメリカって感じ)トイレ休憩等済ませたあと再び集合、直ぐにアメリカ出国手続きです。この後搭乗ゲートを過ぎてバスで飛行機…でしたが、バスの中で20分も待たされました。どうやら最後の搭乗者を待っていたようです。

1350ロス発~リマへ8時間。(時間はロスよりさらに2時間進み)零時過ぎリマ着後ペルーに入国。リマは夜中にも関わらず売店は開いているし人もたくさんいるし、こっちの空港は24H営業か??

2日目

日(土)飛行機の中で日付は変わり…

リマ空港では、トイレ休憩のみあって直ぐに乗り継ぎ。しかし、ここのトイレでびっくり体験有り。トイレに入っていたら、いきなりノック!と思いきや、掃除していたお姉さんの手がブツ切りのトイレットペーパーと共に下から出てきたcoldsweats02(アメリカなどのトイレをご存知の方はおわかりでしょうが、向うのトイレは下が開いています。)要はそのトイレットペーパーを受け取れって事??

ペルーを又もすぐさま出国して3つ目の飛行機は、7AM125リマ発~ブエノスアイレスまで4時間、同じくラン航空。(今回はアメリカ内の移動は全てラン航空です)

ここまでで既に23時間程飛行機に乗ったことになる…。(このあたりが1番しんどかった)wobbly時間はリマより更に2時間進み、ブエノスアイレスに付いたのは現地時間の早朝730アルゼンチンへ入国。ここで初めて空港の外に出ました。

ここは日本からすると地球の裏側だ!!日本との時間差12時間…。

ブエノスアイレス観光は、飛行機乗継の都合で4日目となっていたので、この日は移動のみです。

バスに乗ってエセイサ国際空港から国内線のホルヘ・ニューベリー空港に向かいます。車窓から見える風景は今までみたどの風景とも違っていて、ちょっと感動―。

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さて、現地ガイドのおばあちゃまの説明を聞きながら、バスは「南米のパリ」と呼ばれる市街地へ入り79日通りを抜けて一路空港へ。

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途中銀の河(ラ・プラタ)で下りて写真タイム。

(どう見ても海にしか見えない河!)

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飛行機にバスに、といい加減乗り物にうんざりしていたので、良い気晴らしになりました。といっても空港はもう目の前。

ここからイグアスまでは1時間ちょっとです。もう一息!

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以外?というわけでもないですが、空港に近づくにつれて路上に散らばるゴミが

非常に目に付きました。いわゆるポイ捨てなのでしょうか?

空港での昼食は日本風幕の内弁当。まあ微妙に違うけど、こちらの素材で作った幕の内弁当でした。

すこし休憩して4つ目の飛行機です。

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このあたり大分疲れていた為か、飛行機の座席に座るなり寝てしまい、一度目が覚めた時、とっくに離陸したと思って窓の外をみたら、まだ飛んでなかった!なんて事がありました。どうやら搭乗直後に具合の悪くなったお客さんがいたようです。

そんなこんなで30分遅れでブエノスアイレス1300発~イグアスまで1時間45分。

そしてとうとうやってきました、最初の目的地イグアス!

すごい!の一言。もう空から見た景色が全く今までと違うし、一面緑のジャングル!飛行機降りて空港の外に見え隠れする景色も一面緑、そして心なしか暑い(南半球は冬なのです)。

日付変更線も赤道も越えてやってきました南半球!いやー地球の裏側は半端なく遠かった!!日本時間61725に出発してから33時間ですよ。2445分飛行機に乗っていた事になります。アメリカ・ペルー・アルゼンチンと出入国を繰り返し、やっとこたどり着きました。

飛行機を降りるなり着ぐるみのお出迎え。どうやら近くにカジノがあるらしく、その宣伝に来ているようです。(トランプの着ぐるみだった)

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それにしてもイグアス空港の建物っておしゃれ!とても空港には見えない…

ここイグアスを案内して下さるのは現地ガイドのニシカタさんと、研修中のマルセルさん。ニシカタさんはどう見ても日本人の日系2世、日本語ペラペラ。マルセルさんはたどたどしいながらもちゃんと話せる日系3世のガイドさんです。

観光は明日からで、今日はホテルへ直行です。ホテルが在るのはブラジルなので

バスでブラジルに入国します。一旦バスを降りてそれぞれパスポートを持ち、入国手続きをします。このあたりは撮影禁止区域なのでカメラは出せません。

バスが付くなり現地の子供たちが、ミネラルウォーターを売りにやってきました。

(何回出入国を繰り返したのかそろそろ分からなくなってきたかも)

そして1520、バスは本日宿泊5星ホテルBOURBON CATARATAS RESORT & CONVENTION CENTER」へやっと到着です!いや~長かった!

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2日かけてやっと到着ですよ。いや~しんどかった!足なんかむくんじゃって、もうパンパンだぁ。部屋の鍵をもらい、夕食と明日のスケジュールを聞いていざ部屋へ!

1910ロビー集合、夕飯はホテルのレストランです。

ビーフ・チキン・魚からメインを選び、サラダとデザートはバイキング。味はそれなりですが量が多い!!日本人は少食だから殆ど皆さん残していましたね…。

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このとき分かったのが、今回ツアーに参加された方たちの年齢。テーブルをご一緒させて頂いたお二人は、女2人のお友達で北海道からご参加。御歳70そして同じく北海道から来られた方で耳の不自由なおじいちゃまがいらしたのですが、こちらはなんと82歳!!!もう既に10カ国以上旅行なさっているとの事。

いや~びっくりでしょう!他の方々も定年退職を迎えて、夫婦でご旅行といった感じの方々なので60過ぎどころか70近い方が殆ど。結構ハードなコースだからと覚悟して来た自分が恥ずかしくなってしまいました…。

でも私、何人かの方に聞いたのです、このコースって楽なコースじゃあ無いですよね?どうして参加なさったのですか?って。

そしたら皆さん口を揃えて「行くのだったら今のうち…と思ってね。元気な時にしか行けないじゃない?」っておっしゃいました。

でもそれって私が考えていたことなのですよ…。40過ぎたら体力も落ちて来るし、

今しか行けないかも…って。

そんな事思っていた自分が益々恥ずかしくなると同時に、素晴らしく感動してしまいました。いくつになってもその気になれば何処にでも行けるのだって。

82歳のおじいちゃまだけでなく皆さん旅のベテランさんで、何回も旅行に行かれている方ばかり、私ら友人と2人、本当ぺーぺーの気分でした。

そんな皆さんでさえも、82歳のおじいちゃまを見て感心されていて

本当に心から凄いと思った旅行2日目でした。

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